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京都地方裁判所 昭和50年(行ウ)4号 判決 1977年12月16日

原告 山内幸夫

被告 東山税務署長

訴訟代理人 細井淳久 清家順一 曽我謙慎 高田正子 ほか三名

主文

被告が原告に対し昭和四八年九月七日付でなした原告の昭和四六年分の贈与税についての決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をいずれも取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告から和昭四八年九月七日付で昭和四六年分贈与税の課税価格を三六〇万円、納付すべき税額を九九万五〇〇〇円とする決定処分及び無申告加算税額を九万五〇〇〇円とする賦課決定処分(以下両処分を合わせて本件処分という)を受けたため、同年一〇月四日被告に対し異議申立をしたところ、被告は同年一二月二六日付で右異議申立を棄却する旨の決定をなした。そこで、原告は国税不服審判所長に対し審査請求をなしたところ、右所長は昭和五〇年三月三日付で右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

2  しかしながら、本件各処分には以下の違法事由があり取消されるべきである。

(一) (不当な附記理由)

本件決定通知書には本件処分の理由として「昭和四六年六月八日に山内国太郎氏より上記物件の贈与を受けられたことについて贈与税の決定をします」旨附記されているところ、山内国太郎は昭和三〇年六月一五日死亡しており、原告が山内国太郎から昭和四六年六月八日に贈与を受けることはありえず、本件決定通知書に附記された理由には誤認があることが明白である。

(二) (事実誤認)

原告は、京都市右京区嵯峨広沢池ノ下町六七番地二、宅地一九八・三四平方メートル(以下本件土地という)を贈与(以下本件贈与という)により取得したものではあるが以下にみるように少くとも山内国太郎の相続人である山内喜一、岩瀬かよ子、久保田美代子、山内圭二、大橋和子の五名(以下相続人山内喜一他四名という)から昭和三〇年六月一五日頃に贈与を受けており、本件処分は以上の事実を誤認して贈与税の法定申告期限から五年間の除斥期間経過後になされたものである

すなわち、原告はその生年月日である昭和四年六月一一日か、仮にそうでなくても昭和二三年頃、原告の父福蔵が家出した際に祖父にあたる山内国太郎から本件土地を書面によらず贈与された。このことは原告が国太郎から昭和二六、七年頃、同人の入院中その旨の確認を受けており、又、同人の死亡時においても、本件土地は既に原告に贈与済の物として遺産から除外されて取扱われ、原告がその相続人山内喜一他四名から異議なく登記手続に必要な書類を得ていることからみて明らかである。更に、仮にそうでなくとも、原告は山内国太郎の相続人山内喜一他四名より昭和三〇年六月一五日頃に贈与を受けた。

3  よつて請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項は、以下に認める部分を除きその余をすべて争う。

同項(一)中、本件決定通知書に原告主張の理由が附記されていたこと、山内国太郎が昭和三〇年六月一五日に死亡したこと及び、同項(二)中、原告が本件土地を書面によらないで贈与されたこと、贈与者が山内国太郎の相続人山内喜一他四名であることは、いずれも認める。

3  同3項は争う。

三  被告の主張

1  本件処分の適法性について

(一) 原告は、昭和四六年六月八日、山内国太郎の相続人山内喜一他四名から贈与を受けて本件土地を取得し、右同日に京都地方法務局嵯峨出張所受付第一四七一二号をもつて昭和四年六月一一日付贈与を原因として所有権移転登記(以下本件登記という)を了した。

(二) 本件土地の昭和四六年六月八日当時における時価は以下にみるように三六〇万円である。

すなわち、市街地的形態を形成する地域にある宅地以外の宅地の評価は倍率方式によつて行うべきところ(「相続税財産評価に関する基本通達」参照)、本件土地の昭和四六年度の固定資産税評価額は七二万円で、大阪国税局長が京都市右京区嵯峨広沢池ノ下町について定めた倍率は、五・〇であるから、本件土地の昭和四六年六月八日当時の時価は左の算式により少くとも三六〇万円であつた。

(算式)72万0000×5.0 = 360万0000(円)

(三) しかしながら、原告は前記贈与について昭和四七年三月一五日までに贈与税の課税価格、贈与税その他政令で定める事項を記載した申告書を被告に提出しなかつたので、被告は本件処分をなしたものである。

(四) したがつて、本件処分は適法である。

2  贈与による財産の取得時期について

贈与税の納税義務は「贈与による財産の取得の時」に成立する(国税通則法一五条二項五号)ところ、書面によらない贈与については、その履行終了前は取り消しうるものとされ(民法五五〇条)、贈与の意思表示のみの段階においては未だ贈与税の課税原因たる「財産の取得」が確定したものとは認めがたく、しかも、特に本件のように親族間において不動産を無償で使用させる場合は、法律関係を使用貸借、贈与のいずれとみるか、贈与とみてもその履行が終了したものとみうるかが客観的に明確でない場合が多いから、その区別をつけ不当な租税回避を防止するためにも「贈与による財産の取得の時」とは贈与の履行が終つた時、すなわちその所有権移転登記の時と解すべきである。

3  本件贈与の時期

(一) まず、本件登記原因において贈与時期とされる原告の出生した昭和四年六月一一日以降においても、山内国太郎は本件土地に対し自己の債務のために抵当権を設定しているから、右同日は本件贈与の時期とは認められない。

(二) つぎに、山内国太郎の遺産分割においては、未だに相続登記のなされていない土地が本件土地以外にも存するのであり、又、原告は山内国太郎から本件土地についての権利証、印鑑証明書の交付を受けたものではないから、本件土地について相続登記がなされていないことは本件贈与時期を認定する根拠となりえず、更に、原告は固定資産税も長い間負担しておらず、漸く昭和四四年以降負担するようになつたものの第三者納付にすぎず、使用貸借人として負担したものともみうるから、右税負担も本件贈与の時期の認定根拠たりえず、従つて本件贈与の時期は相続開始時の昭和三〇年六月一五日とも右昭和四四年頃とも認め難い。

(三) 以上のように、本件贈与の時期は極めて不明確であるから「贈与による履行終了時」である本件登記がなされた昭和四六年六月八日と認めなければ租税の公平を期し難い。

4  附記理由について

贈与税についての決定通知書に理由を附記することは法律上の要件ではないから、本件決定通知書の附記理由に瑕疵があつても、本件処分を違法とするものではない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1については、本件登記がなされていること及び原告が本件土地の贈与税について所定の申告書を提出しなかつたことは認めるが、その余は争う。

2  同2、3、4はいずれも争う。

五  被告の主張に対する原告の反論

(本件登記の経緯について)

原告が本件贈与を受けながら、その旨の登記手続をなさずに放置したのは、偶々、薄給で登記費用がなかつたことといつでも登記手続に必要な書類が山内旧太郎ないし相談人山内喜一他四名から容易に得うると考えたためにすぎず、本件登記が昭和四六年六月八日になされたのは、原告の弟山内寿雄が事業に失敗し、その金策のため本件土地を担保に提供してやる要があつたこと、と原告において山内キヌの法事に偶々山内国太郎の相続人山内喜一他四名全員が集まつたのを、本件登記に必要な書類を平素各地に散在する右相続人らから集める絶好の機会と判断したことによるものであり、本件土地についての登記原因が前記のとおりになつたのは、原告が子供の頃からの本件贈与経緯を説明した程度で本件登記手続一切を谷口司法書士に一任しておいたため、同司法書士が右贈与経緯説明から発記原因を適宜構成したにすぎない。

第三証拠<省略>

理由

一  本件処分の存在

請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  本件処分の適否

1  贈与税決定通知書における附記理由の誤謬と当該課税処分の違法性

本件決定通知書に本件決定処分の理由として「昭和四六年四月八日に山内国太郎氏より上記物件の贈与を受けられたことについて贈与税の決定をします」旨附記されており、山内国太郎が昭和三〇年六月一五日に死亡していることについては当事者間に争いがなく、右事実によれば本件決定通知書の附記理由に誤謬があろことは明らかである。

ところで、およそ贈与税の課税方式には贈与者を納税義務者とするものと受贈者を納税義務者とするものが考えられ、現行の相続税法は後者の方式を採用しており(同法一条の二参照)、この場合には贈与者はそれ自体課税要件に含まれず、課税要件である贈与事実の特定の一要素にすぎないというべきであるから、贈与者に関する決定通知書の誤謬は特段の事情のない限り当該課税処分の効力に影響を与えないものというべきであり、のみならず又、そもそも昭和三七年法律第六七号による改正前の相続税法三六条一項は贈与税の更正、決定通知書に処分理由の附記を要求していたが、国税通則法の制定に伴う改正により前記条文は削除され、現行法上贈与税の決定通知書に明文で記載を要求されているのは、当該決定に係る課税標準等及び税額等と決定が税務調査に基づくものである場合にはその旨のみであり(国税通則法二八条三項参照)、青色申告に対する更正処分や青色申告承認取消処分の場合のように理由附記を明文上要求した規定(所得税法一五〇条二項、一五五条二項、法人税法一二七条二項、一三〇条二項参照)はないことからみて、贈与税の決定通知書における附記理由の誤謬は贈与税課税処分の効力に影響を与えないものというべきである。従つて、前記附記理由の誤謬は本件処分の違法性を招来するものではなく、この点の原告の主張は理由がない。

2  本件処分の課税原因たる贈与の存否

(一)  本件土地について原告に対する贈与がなされたこと及び右贈与が書面によらないものであつたことについては当事者間に争いがない。

(二)  次に、贈与税は「財産の取得」(相続税法一条の二)を課税原因とし、納税義務は右[財産の取得」の時(国税通則法一五条二項五号)に成立するものとされているところ、右「取得」の概念につき争いがあるのでまずこの点について検討する。

右「取得」の概念について税法上格別に定義づけた規定も見当らないので、右国税通則法にいう「贈与による財産の取得の時」についても、民法の一般理論と別異に解すべき根拠も特に見出しがたいところ、判例通説の一般理論によれば贈与は贈与者の贈与の意思表示を受贈者が受諾することにより成立し、他に特段の行為なくして財産権移転の効力を生ずる(民法五四九条)ものとされているから、右「取得の時」とは贈与契約(意思表示の合致)が成立した時をいうものであつて、これは書面によらない贈与の場合においても変りはないものと解するのが相当である。

ところで、被告は民法五五〇条により取消しうる間は課税原因たる「取得」が未確定というが、かかる取消は手附のように当初からの解除権留保の場合のように頻繁に当然の事としてなされるものではなく、むしろ例外的現象であるというべく、のみならず、国税通則法五八条五項、同七一条二号の趣旨によれば、法は取消しうべき行為であつても当初の課税原因事実の発生により課税原因は確定し、納税義務は確定的に成立するものとし、取消後は減額更正決定により処理しようとする趣旨と解されるから民法五五〇条のゆえに贈与契約時を前記「取得の時」と解しえないとはいえない。

つぎに、被告は親族間の書面によらない贈与例では租税回避防止のためにも贈与登記の時と解すべきというが、成程右例においては特殊な情誼関係を背景に法律行為として不明瞭な道義的情誼的関係を随伴してなされることが予想されるので、申告ないし登記等がなければ課税権者において了知が困難であることは否定しえないことも確かであるが、そのような困難さは贈与税のみに特有のこととはいえず、そのために税務職員に対し強力な質問検査権が与えられており(相続税法六〇条一項、二項、七〇条二号、四号)及び不申告に対する罰則が設けられている(同法六八条、六九条)のであり、又、申告のない場合に了知が困難なことは書面による贈与の場合も同じである(最判昭五一年一〇月一二日裁判集民事一九九号九七頁の趣旨参照)のみならず、今日の公法、私法における法律行為の解釈における表示主義理論によれば、贈与の合意も両当事者間の内心的意思のみでは足らず、表示行為を必要とするのであるから、贈与のゆえに直ちに外部的に常に了知困難ともいえず、他方登記するまでに至らなくとも、当事者の合理的平均的意思によれば、固定資産税における実質的納税負担者の変動、占有等使用収益関係の変動、ひいては民法五五〇条による取消阻止のための受贈者自身の権益保全行為がいずれも外部的現象として生ずるのが通常といえなくもない。

そうだとすると、前示のように解しても贈与による「取得の時」の了知が書面によらない贈与の場合には常に了知が困難であるとはいいがたく、この了知困難回避又は租税回避防止のために、右「取得の時」を登記の時と解することは、根拠が薄弱という外なく、むしろ、課税権者の権利の除斥期間を不申告のときにも法定申告期限経過より起算して五年間とし(国税通則法七〇条四項一号)で租税法律関係の早期確定を図る国税通則法の趣旨にもとるおそれもあり、採用しえないというほかない。

よつて、以上の被告の各主張は理由がない。

(三)  これを本件についてみると、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。

(1) 原告の父山内福蔵(以下福蔵という)は山内国太郎(以下国太郎という)の弟であり、原告の家族は原告の出生した昭和四年六月一一日当時京都市右京区嵯峨広沢池町五番地において国太郎の家族と同居し、福蔵は国太郎の植木屋の仕事を手伝つていたが、国太郎は昭和九年頃従来田であつた同人所有の本件土地を宅地化して建物(以下本件建物という)を新築したうえ、同建物に原告の家族を居住させて福蔵を分家させた。

(2) ところが、福蔵は近所に不義理を重ね昭和二三年頃本件建物を出たため、その頃国太郎は立腹するとともに福蔵に対する期待をすて、原告に対し本件土地及び本件建物を与える旨告げるとともにその管理を委託し、原告がこれに応じて昭和四〇年頃まで管理を継続していた。

(3) その間、国太郎が入院中であつた昭和二六、七年頃原告が見舞つた際にも国太郎は原告に対し本件土地及び本件建物は原告の所有であり、国太郎自身の妻子に対しても本件土地及び本件建物を原告に贈与した旨を伝えてあると述べており、昭和三六年頃に本件建物については原告名義とされたが、昭和三〇年六月一五日に国太郎が死亡し、そのお通夜で同人の弟である山内定二郎及び国太郎の相続人である山内圭二(以下圭二という)が本件土地も原告名義にするように勧めており、原告が本件土地の登記費用が捻出できればその登記に協力してくれるように述べた際も国太郎の相続人らから異議は出ず、国太郎の遺産相続の対象となる不動産から本件土地及び本件建物は除外されており、本件土地の固定資産税は国太郎やその妻のキヌが負担していたが、キヌは圭二に対し福蔵方のものとなつた本件土地の固定資産税を支払うことに不満をのべていたこともあり、昭和四四年一二月八日からは原告が第三者納付の形式で本件土地の固定資産税を負担してきた。

(4) キヌの死亡後間近い昭和四六年六月八日に本件登記手続がなされ、右手続に必要な国太郎の相続人らの委任状を得るにあつては何らの異議もなく対価の支払もなされておらず、手続は原告が司法書士に一任してなしたもので、司法書士が登記原因として原告の生年月日の昭和四年六月一一日に贈与ありとして便宜上届け出たものであり、右手続直後原告は本件土地を分筆したうえ、転売している。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実関係に照らせば、本件登記の存在から本件贈与が被告主張の日であると推認することは到底できず、むしろ、原告は国太郎より昭和二三年頃、福蔵の出奔を機に従前原告が居住していた本件建物を本件土地とともに口頭により贈与されたものとうかがわれ、本件土地の贈与は遅くとも国太郎が死亡した昭和三〇年六月一五日頃には外部的に誰もが認識しうる程度に確定的なものとなつていたことがうかがわれる。

他に被告主張の時期に本件贈与事実を認めるに足りる証拠はない。

(四)  そうすると本件土地の贈与について単なる登記手続の日を贈与日としてなされた本件処分は結局課税原因なく違法というほかない。

三  結論

以上によれば本件処分は取消を免れず、これを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 杉本昭一 岡原剛)

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